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パオのパン生活

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2006年 10月 18日

通信ナチュレール

11年前から続けている「天然酵母の会・パオネットワーク」の通信を年に3~4回発行している。現在30号まで発行していて・・・・、けれどそれも今年の4月のこと。全国にいる会員さんが首をなが~くして31号を待っている。(いつも遅れているのでまたか・・・と気長に待っていてくれている?)

伊勢丹の催事の打ち合わせ、備品探し、人員確保でバタバタ・・・。その上8月は決算月の為、伝票整理に追われて・・・・。などなど、言い訳し始めたらきりがない。

8月下旬の講習会の内容をお知らせしたくて、それが終わったら出そうと結構前からコツコツ打ち込みをしていたのですが・・・、結局春号から一気に秋号になってしまった。会員さんもこのブログを読んでいたなら、本当にごめんなさい!

ようやく31号が出来ました。今回は会員さんのオープンしたパン屋さんは取材できず、次そう集会のことが中心。次号は二人お店を出した奥様をご紹介しようと思っています。年内は催事もで事務仕事もとりあえず無いので、年内に32号と考えています。今日全国に発送しますので、今しばらくお待ちください。

# by paomama | 2006-10-18 09:30 | 天然酵母パン
2006年 10月 15日

一年ぶりのヨガ

一年前までジム通いをして,エアロビクスやステッパーの他にヨガのクラスも出ていた。
ヨガのクラスはとてもリラックスできてからだがほぐれる感じが気に入っていた。

けれど、お店の移転、スタッフの退職、子供のことなどなどで、ほとんど行けないことが多くなってしまってやめて一年になる。自宅でストレッチなどするタイプではないので最近は体がコリコリ・・・。運動不足を感じなら内臓下垂ぎみ、呼吸が浅い?気が滞っている感じさえしていた。何の本を読んでも、食べ物、呼吸、ヨガ、アロマがいいとかいてある。

ふと自分のノートを開くといつかいたか解らないメモに「50才の自分・夫婦でヨガ」と書いてあったのを見つけて、今の自分に必要な感じがした。

先日の柳瀬さんの書道の個展に感動した私は「ヨガを始める」と決めたのでした。
そして今日、7時にかしわでのパンの準備し、掃除、洗濯、家族の食事を済ませて、9時からのレッスンに出かけた。

柳瀬さんから「うちはレベルが高いのよ。」とは聞いていたものの、スポーツジムのヨガとは段違いの内容に驚いた。呼吸法は情けないかなほとんど出来ない。

ポーズが主の体操ヨガとは訳が違う。出来ない自分が妙に新鮮。ポーズを作るとき筋が痛いことも一年間の運動不足の結果。痛い自分の体と向き合えることが心地いい気持ちさえした。とにかく最近「忙しい」を言い訳にだらだらしている時間はあっても自分の体と向き合う時間を全く作っていなかった。

「大宇宙のエネルギーを使って・・・・」「自分ひとりで気を使っていたら自分なんてちっぽけなものだからすぐにスカスカになってしまうのよ。大宇宙のエネルギーは使い放題よ。そのために気が通るように私達はヨガをするのよ・・・」というお話を聞いて「まさに私だ!」以前のお店から移転して3年目、エネルギー不足な自分を感じて、気が滞っている。

お話の一つ一つが全て私に語りかけてくれているようにさえ感じた。
二時間があっという間。全く他のことが頭をよぎらない。心地よい集中した時間を過ごせた。

天然酵母に魅せられて11年、気がつけばパオはお店になっていて地元に定着しつつある。これからも夫といい仕事をして生活していくためにも50歳からの自分を作る準備を始めている感じがする。

# by paomama | 2006-10-15 16:07 | 天然酵母パン
2006年 10月 13日

パオママは温泉好き

実は私は20代の頃から温泉好き。それも近くによくある健康センターや天然温泉。銭湯でもいい。最近は柏の極楽湯によく行く。最低4~5時間は入っていたいところを夫と行くので大体1時間半程度。いつも物足りない。そんな私を気づかってくれて昨日は「好きなだけ入っていいよ、ショッピングモールで待っているから。」と夫、けれど「そうですかぁ。」というわけにはいかない。

さすがに9時過ぎガラガラ・・・。(当たり前どよね)この空いている温泉は最高!9時に柏の温泉に入る為の朝は忙しい。お店がお休みとはいえ、6時には起きる。洗濯物、掃除、子供を学校に出す。酵母の種つぎ、かしわでの出荷。

パン屋の生活は朝で決まる。だから休みの日も早起き。そして温泉に首まで浸かってぐで~としている。特に水風呂に入って頭の中が空っぽになる感じがたまらない。このために一週間仕事をしているようだ。は、オーバーだね・・・・。

# by paomama | 2006-10-13 08:32 | 天然酵母パン
2006年 10月 11日

3丁目のの石川さん

パオのお向かいに石川さんが住んでいる。石川さんは奥様との二人暮らし。ご主人もすでに定年後の有意義な生活を送られている。パオも今の場所に移転して3年目になるけれど、石川さんのお庭はずっと花盛り、家の周りは毎日朝早く奥様が掃き掃除をしているので、枯葉一枚落ちていない。ご主人は一つ一つ全ての花の花つまみを丁寧にされてお世話をしている。そして門をきれいに拭き、なおかつ石川さんの家の前のポストもきれいに拭く。

パンの製造をしながら西側の一面ガラス越しに石川さん宅が見えるので、毎日のそんな光景に感動している。掃き掃除や花の掃除、何気ないことを毎日決まって自然にされている。
石川さんのお庭は緑と花がバランスよく。ガーデニングブームとはまた違った感じ。家や生活にマッチしているというのか、とっても自然に見える。けれど、門の中に一歩入るとそれはそれは見事!

パオのお店の周りにプランターを置いてハーブを植えている。けれど、北向きの為かいまいちよく育たない。マメに水はあげているものの・・・・、そんな私達がかわいそうに思うのか、時折石川さんがプランターごとお花をプレゼントしてくれる。「お店にはこれくらいがいいよ。」とさりげなく。

すごくうれしいので「お花のお礼にたべてください!」とパンを届けると逆に恐縮されてしまい、遠慮しながらお花をくれている感じがしてありがたい。

本当はパオの周りのプランターは花盛りにしたいと思っているので、最近はすっかり石川さんに甘えている。先日も頂いたベコニアがお休みのときにひっくり返されたかんじ、花と土は鉢に戻されてはいたけれど元気がない。これは石川さんに頼るしかない!

「すいませーん!昨日倒されちゃったみたいで・・・・・」と鉢を抱えて石川宅のチャイムをならす。ニコニコしながらご主人。「あーこれはもうだめだね、もっといいのにしてあげるよ。」と預かってくれた。

数時間後、ふっと外を見ると違うベコニアの鉢が置いてある。石川さんはいつもそっと置いて帰ってしまう。それがとってもやさしく感じて、引っ越してきて商店街のパン屋になってよかったと思える瞬間でもある。

「この鉢何にも入っていないから金のなる木が余っているから後で植えてあげるね。」また石川さんがきてくれた。陶器でできたちょっといい大き目の鉢が余っていた。

パオの西側のガラス越しに奥様となにやら草木の掃除をしているのが見えた。そしてパオから持っていった鉢に木を植えてくれているのも見えた。「ありがたいね。」そう夫と話してみていた。
スタッフに「ねえ、見て石川さんがパオのために金のなる木を植えてくれているよ。」彼女もニコニコしてみていた。

「うーん、この鉢は結構重いね。」と石川さんが鉢を持ってきてくれた。「金のなる木は丈夫だから、霜にも負けないしいいでしょう。自分のところはもう充分だからパオさんにあげるからね。」とニコニコして置いて行ってくれた。「このあまっているプランターに桜草の小さいのが出ているから後で持っていくね。春にはわーとなるからね・・・・」とあれこれ説明してくれた。「あっ、いいよ適当にやるからお仕事して。」

裏手のパン屋をしていたときは自分達だけの世界を作っていた気がする。「人は人と人とで生活して生きているんだなぁ。」と感じ、なら私達はパオのパンが好きといってくれるお客様のために真心こめたパンを作ることがお返しかなぁ・・・・なんて感じた。

# by paomama | 2006-10-11 22:26 | 天然酵母パン
2006年 10月 10日

パオのドンちゃん

昨日、16歳になるドント(柴犬の雑種)が死んだ。ここ数年は年をとったのか、年中昼寝をしていて本当に近くに行かないと気がつかないくらいだった。散歩に連れて行っても途中でくたびれてしまうし、「もう年だからなぁ・・・」と夫は言っていた。昨年は免疫力が落ちていたのかマダニが大量に体について病院通いをした。顔が童顔なので年よりという感じがない為、私達もあまり気をつけていなかったのがよくなかった。一週間前に急に体調を崩してぐったりしていた。夕方あわてて病院に連れて行ったところ39,5度の高熱でぐったりしていた。抗生物質を注射してもらって、一晩寝るとずいぶん表情が出てきて、少しご飯も食べた。2~3日は自分で水も飲むしご飯も少し食べるので、少しだけ排尿の為に散歩も連れて行った。

ところが、また4日前くらいから何も食べなくなり、寝ているだけになっていった。便も尿もたれ流し。毎日バケツにお湯を入れてドントのお尻を洗う。目は相変わらくりくりしているので、そこまで体調が悪いとは思わなかった。お肉を焼いて差し出しても、鼻がピクリともいわない。水も自分で飲まない。脱水症状が怖いので、プラスチックの調味料ケースを買ってきて、口に差し込んで水を流すとごくりと飲んだ。

病院に連れて行っても点滴のみ、症候状態だ。

一昨日の夜中「ひーひー」と苦しそうな声で4回私と夫は起こされた。
のどが苦しいのか、水を口に押し込むとゴクリと飲んで、静かになった。
数回繰り返すうちにふと、「もう、死んじゃうのかなぁ・・・・」と感じる。

翌日、相変わらずぐったりしていた。お天気がいいので玄関先に寝ているドントのドアを開けると陽が入ってきて暖かそうだったので、分割の補佐でお店に行き来する間、ドアをあけておいた。祭日ということで子供達は3人共家にいて、お店に入るとそのまま仕事をしていた。6年生のみりから「ドントがお漏らししてるよ。」と電話をもらい10時頃戻り、汚れ物の始末をしてから頭を玄関から外に出して水を含ませた。数回ゴクリゴクリ、と飲むとポカポカとした日差しが気持ちいいのか、うとうと・・・・と珍しくマブタが半分とじぎみになった。このところいつも目は見開いていて、視点が定まらないことも多く。気持ちがいいのならこのまま・・・、と思ったけれど直射日光は疲れるだろうと、玄関先のベットに戻した。

6年生のみりはすでに遊びに行っていて、3年生の哲と5歳のちかがテレビを見ながら、一人はゲームをやっていた。「お母さんはお店に行くからなんかあったら電話してね。」哲に伝えてお店に戻る。

少しして「ドントが変な声でないているよ。」と哲から電話。

急いで自転車で戻ると門の外まで聞こえる声で「ひーひー」と一昨日の夜中のような声で鳴いていた。急いで様子をうかがい、急いで水を含ませると一瞬、尾っぽがふっと動いた。「尾を振るなんて事は出来ない状態なのに・・・」そう感じた瞬間、後ろ足がビクビク痙攣しだした。

「あっ!ドンちゃん!死んじゃうの?」そう感じた。
「てっちゃん!ドンちゃん死んじゃうよ!」テレビの前の哲を呼んだ。さらに痙攣は激しくなり、頭をなでている私の手の中で苦しそうに「はーはー」と強く息をした。
「ドンちゃんが死んじゃう!」そう言葉に出した数秒後、ドントは私の手の中に頭をもたげて動かなくなった。

「ドント・・・・」声をかけて、お腹をさわってももう動いていない・・・・・。
「ドンちゃん死んじゃったね・・・・」まだ体は温かい。目はひらいたまま。そっと何度も頭とマブタをなぜていると少しずつマブタが閉じてきた。大粒の涙がボロボロと零れ落ちてきた。隣にいる息子の目からもボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

16年間一緒にいた。今、そばにいる3人の子供達より長く一緒にいた。もともとあまり動物好きではない私はドンとに対してたいしたことはしてあげれていなかった。けれど、最近は唯一ご飯をくれる私に一番なついていたのか、仕事中に何度も家に戻ると大きく尻尾をふっては喜んでくれていた。

「僕達がちゃんと見ていなかったからドントは死んじゃったんだ!」わーと哲が号泣した。
「違うよ・・・てっちゃんは学校に行っていて知らなかったかも知れないけれど、ドンちゃんは具合が悪くて病院に何回も連れて行っていたんだよ。」ボロボロ涙がこぼれてくる。
「もうドンちゃんはおばあさんだから仕方がないんだよ。心臓がかなりよわっていたんだって。」

ドントの頭をなぜながら「いつもお留守番ありがとう。今度生まれてくるときにはおうちの中で飼ってもらえるワンちゃんに生まれ変わりな。」そういいながら、裏のパン屋の時期にドントはたくさんのお客様に声をかけられていたことを思い出した。
外で飼っているので決してきれいとはいえないのに犬好きさんがいつもなぜてくれた。数年前にいたパートの陽子さんは帰り際いつも「な~に、ドンちゃん」とい抱きしめるようにかまってくれていた。

私達はパンを焼き始めて、パン屋をさせていただいて、子供にも恵まれて幸せなのだけれど、ドントも私達がパン屋になって裏で7年間パン屋をしていた間「幸せだったんだ!」そして今、引っ越してお店は表通りに引っ越してしまったけれど、広い庭に長く綱で繋がれながらも自由にあっちこっちと移動して、お天気のいい日はのんびりお昼寝をして・・・・。時折パオのお客様が犬の散歩ついでに立ち寄っては「ドンちゃん元気?」なんて声をかけられていた。

ドントに100%の愛情で接していたかというと、そうではない。だから切ないのだろう。
もっと「ああしてあげればよかった。こうしてあげればよかった。」と思うのだろう。今、出来ることを今しないでいると切ない人生になってしまうんだろうなぁ・・・。

ドンちゃんが死んで数日たって、相変わらずお店と家の往復の日々が始まる。けれどもうドンちゃんはいないから「鍵はきちんと閉めたかな?」「門もしめて!」なんてドンちゃんにいかに家を守っていてもらっていたかと思うとやっぱり切なくて、もういないドントの小屋を見ると胸が詰まる。

今もこうして文章を書いているとやっぱり、切なくてボロボロとこぼれてくる。

夫や子供達に私は何をどこまでして上げられているのだろう?わがままな私は夫や子供達、スタッフにしっかりサポートされてる。そんなことを感じさせてくれました。
ドンちゃん長い間、私達と一緒にいてくれてありがとう。パオのドンちゃんでいてくれてありがとう。

# by paomama | 2006-10-10 08:32 | 天然酵母パン
2006年 10月 05日

お客様の個展

パオのお客様でヨーガとお習字を教えていらっしゃる柳瀬さん。私の大好きなお客様♡昨年精神的にちょっとパワーが落ちていた私は、柳瀬さんの笑顔にずいぶん救われた。パンやクッキーを買いに来てくれて、少しお話をするだけで、元気を頂いていたのです。

今週の日曜日まで松戸でお習字の個展をされていいるとうかがって、今日夫と見に行ってきました。

柳瀬さんは食べない、寝ない人。その寝ない時間に書いたという書がかけられている。
ギャラリーに入ると、やさしい空気に包まれた。
「こんにちわ。」時々パオにも来てくださる柳瀬さんの生徒さんが声をかけてくれた。
「先生はもうすぐいらっしゃいます。少しお待ちください。」その間いくつかの作品を見せていただいて、ゆったりとした空気の中、書を眺めていてると、何とも言えない気持ちになって・・・感動?
そして柳瀬さんのとてもきれいな笑顔の入ったプロフィールを見つけた。

ヨーガと書、ご主人の癌のこと、そしてマクロビォティツクを習得し、癌と共に生きる・・・・。など書かれていた文章を読んで、柳瀬さんがご主人の癌のことを知り、徹夜でマクロを習得し、実践され、どんな想いの中深夜一人で書を書かれていたのだろう・・・・とふっと思ってしまった瞬間大粒の涙がポロポロこぼれ落ちてきた。さいわい周りには誰もいなくてよかった。「私は寝ない時間にこれが出来たの。」「書を書いている時間が最高に楽しいの。」さらっとやさしい笑顔でいつも言っていた。

柳瀬さんの字はとってもやさしくてご本人そのもの、今の私に足りない何かを感じたのか涙が止まらない。夫に「何やってんの?」夫はすぐに感情投入してしまう私にタオルを差し出した。

私は?10年パンをやってきて、仕事をしながらさらに2人子供を生んで、必死だったから出来ていた。今の私は?充分すぎる環境の中どこまで、何が出来て、これから何をする?

今後の私にまたひとつ課題をもらったような感じがした。

# by paomama | 2006-10-05 16:31 | 天然酵母パン
2006年 09月 28日

伊勢丹が終わって・・・

は~!伊勢丹松戸店の催事が終わって1週間が過ぎた。
毎日いろんなことがあって感動!感動!そしてヘロヘロだった。初日の13日は思いの他お客様が来てくれて、スタッフも一生懸命で涙が出そうな感動を味わいながら、ブログに書かなきゃ・・と思いつつ睡眠時間2時間はキツくご飯も食べずに寝ていた。

パオのパンは全てが自家製の天然酵母を起こしてパン種を作り国産小麦100%でパンを焼きイーストもイーストフードも一切使わない為、発酵に大変時間がかかるので、パンにするまでにかかる時間が、一般の何倍もの時間がかかります。

ですから、今回の催事のように朝9時に伊勢丹に焼きたてのパンを並べるためには逆算して夕方の6時半から仕込み始めて夜9時から分割、成型が始まり、1時から続々と窯が始まる計算。製造スタッフはこの催事に合わせて一週間徹夜でパンを焼くことになる。

7年前伊勢丹本店の催事2週間連続を受けたことがあって、その時のお話で「発酵に時間がかかるので前日のパンでいいですから。」とお引き受けしたものの、実際初日前日のパンを並べたところ、全くパンに勢いを感じられず、「こりゃだめだ!」とすぐに徹夜の製造に変えて、でっかいカンパーニュをごろごろ焼き立てで出荷して、喜ばれた。
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夫は今回の伊勢丹松戸店のお話をお引き受けした段階で徹夜の製造の時間をくみたてていた。ただ、パオは小さな個人店。職人は夫一人。製造補助の女性スタッフ2名とパートさん数名、だからこそコンスタントな目の行き届いたパン作りが出来るものの、今回のように量産するとなると夫の製造の許容範囲を超える。

夫は時間をかけていいものを作ろうと考えた。仕込みや分割の時間に余裕を持った時間割を立てて、伊勢丹松戸店でパオのパンを買ってくださるお客様のことを考えて、「今回はあせらず楽しんで焼こうと思っているんだ。」そうは言うものの、仕込みの生地だけで20種類位になっていた。

量産することでパオのお店のメニューを絞らせてもらい、日替わりメニューが大幅に変更になりお客様には大変ご迷惑をおかけしました。それでも伊勢丹松戸店の広告の表紙に大きく載せてくれたことで、「がんばってね。」とお客様から声をかけられた。

今回この催事のために3人のヘルプが入ってくれて、それはがんばってくれた。伊勢丹が終わって・・・_a0072505_2026568.jpg

毎日「来たわよ~!」と新松戸のお客様が見に来てくれたり、広告を見て引っ越す前のパオのおなじみさん会いに来てくれたりと同窓会みたい。
伊勢丹のレジの社員さんが「私引っ越す前のお店に時々行っていたのよ。」とそっと言われ、「あーーーーー!」なんてことも。

二日目、目の前に立っていた女性。ニコニコしながら目が合う。「あーーーー!」と思い出すこと数分「覚えています~?」「た・か・こさん?」
「え~!よく覚えていますね。」「今何しているの?」
「今は違う仕事をしながら自宅でお料理教室をやっているんです。」
たかちゃんは当時20代後半、OLをしながらお料理教室に通い、パオで働きたいと週何回か手伝ってもらったことがあった。6~7年前のこと
「広告を見て来ました。」とうれしい限り。

伊勢丹松戸店でも毎日来てくれるお客様もいて「今日も来ちゃいました!」なんて、うれしい限り。

催事1週間のパオ
夕方6時夫がパオに入る。
足立区鹿浜から来る高橋君が6時半頃来る。
7時ミキサーが回りだす。
5時伊勢丹松戸店ではまどかやひらめちゃんと3人で夕方のラストスパート。
7時30分まどかとひらめちゃんに後始末をお願いして電車で新松戸に戻る。
8時ライ麦の分割補佐。
8時半自宅に戻り、子供の顔を見る。
9時伊勢丹から戻るスタッフとかたずける。
9時15分販売スタッフは帰る。
自宅に戻り夜食を作る。
9時50分グラハムパオ分割補佐。相変わらず自宅とお店を行ったり来たり、
自宅に戻る。洗濯その他
10時30分カンパーニュの分割補佐。11時になるとかなりしんどい!
「もう無理!おやすみなさい!」と戻る。
1時ちえちゃんが製造に入る。
3時過ぎに目覚ましをかけて、4時お茶を入れに入る。
6時ゆきちゃん出荷の準備に入る。
7時販売担当まどかちゃん、ひらめちゃんはいる。
7時20分出発!
みんなで「いってらっしゃ~い!」と日の丸の旗でも振りたい感じ。伊勢丹が終わって・・・_a0072505_2027249.jpg

お隣のお花屋さんの花新さんやお向かいの石川さんがにこにこして「がんばってね。」と声をかけてくれる。商店街ならでわのこと、ありがたい。
こんな楽しい7日間。あっという間。

終わってみれば、「伊勢丹で買っておいしかったから来ました。」とお店に毎日リピートしています。ハード系中心でやっていこう決めていたので、今後のパオのパンのあり方がより明確になった7日間でした。

本当ならお断りしていたはずの催事。説得してくれた伊勢丹松戸店食品の小川マネージャーには感謝の気持ちでいっぱいです。また今回のような機会を与えくださった伊勢丹松戸店の方々に感謝♡ありがとうございました。
今後変わることのないパン作り、接客販売を誓う10年目のパオでした。

# by paomama | 2006-09-28 16:43 | 天然酵母パン
2006年 09月 13日

これから始まる♪

これから始まる♪_a0072505_793415.jpg
今日から伊勢丹松戸店の催事が始まる。
13日から19日まで連日販売することになる。焼き立てを販売したいと考えて、夫は夜中にパンを焼くことにした。昨日の7時から準備し始めた。パオのパンは全部自家製酵母と国産小麦でパンを焼いているので、発酵に時間がかかるので量産してコンスタントなパンに仕上げるにはそんな時間配分になってしまう。

幸い今回は夜中の製造に足立区鹿浜で天然酵母のパン屋さん「ルミレール」のた高橋君が手伝いに来てくれて、伊勢丹の販売に数ヶ月前にパオで実習生として来ていたまどかちゃんや自然食イベントのボランティアをしているひらめちゃんがそろった。土曜日には今年前半の土曜日にお手伝いにきていたおー君も来る。なんかちょっと楽しい♡

ハード系メインでゴロゴロとしたパンをどーんと持っていく。外はあいにくの雨、どうなることやらちょっと心配。

今回はパオのお店で最近大人気の焼き菓子をそろえた。卵が全く入らず低糖タイプで素材の味を生かしてていることでよく売れていてリピーターも多い。その上今回は卵不使用の国産小麦100%スコーンも登場しているので売り場は華やか♪

夕べは私も2時間睡眠。スタッフも遅くまで準備「なんか文化祭の準備みたいだね。」と楽しそう。さあ、これからちか(5歳)を起こして保育園に送ってからみんなで伊勢丹松戸店に出発!

# by paomama | 2006-09-13 07:10 | 天然酵母パン
2006年 09月 07日

原点に戻る

伊勢丹の仕事を前に考える。

かつて天然酵母のパンを焼き始めてから夫がハマリ、パンを焼く設備が必要と、清水の舞台から飛び降りる気持ちで借金をして以前のパオを作った。当時は天然酵母を起こしてパンを焼く人間も少なく、新聞や雑誌でも取り上げられた。ただこの松戸で自家製酵母のハード系が受け入れられるとは思ってもいない時、生協や自然食宅配から大口の卸しの話を頂戴した。

手元に資金は全く無いが「ぜひ卸してほしい。」とパンを評価され、引き受けた。手元に資金は無いが「パンを焼きたい。」という想いのほうが強かった。私達のパンを応援してくれている人や実家の親に借金をして頭金を作り、金融公庫に借金をして丸ごと借金でパオを立ち上げた。

最盛期は毎日120キロの粉をパンにする。素人同然の私達。パンを焼き始めてまだ2年目のこと。朝一時半から仕事をし、毎日大量のパンを焼く。毎日追われていて、良いも悪いも無い生活が続く。ただ、卸しの仕事は1年1ヶ月で終了することになる。それは私達が考えている「パン」は卸しでは表現できないと思ったから。利益は充分あったので先方には驚かれた。

一般のパンみたいに何日も柔らかくないし、カビる。パンの切り方保存の仕方でも味が違うことで、卸しという仕事でのパンに限界を感じた。まとまった取引をしていたので、店売り一本というのは結構怖い。けれど私達が作り出すパンは自分達でないと、お客様にきちんと伝えられないだろうと考えたのだ。

ちょうどそんな時、伊勢丹本店のパンプロモーションの話を頂くことに、新宿の本店でパオのパンがどこまで通用するのかも見てみたかった。期間は2週間、時期も同じ今頃。しかも2週間。今から7年前のこと。

結果は上々。結構評判がよく、思いのほかライ麦やハード系が売れたことに驚いた。
そして今年パオは10年目、丸10年を前にして再び伊勢丹のお仕事。
全てのパンが自家製酵母と国産小麦でパンを焼いているので当然発酵は一般のパンより数倍かかる。今回の仕事のために夫は1週間徹夜でパンを焼き、朝出荷する。

夫も私もスタッフも久々に緊張している。
けれど、今回は製造に1人販売に2人ヘルプが入る。スタッフもいつもよりも早い出勤になる。準備が着々と進む。

私達が始めて「ノヴァ」のパンに出会ったような感動を伊勢丹のお客様に伝えられることを願って、パンが焼けなかった始まりの自分達に戻る想いでいっぱい。

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# by paomama | 2006-09-07 15:45 | 天然酵母パン
2006年 09月 03日

食べ物で体が変わる。

 気がつけば、パンを始めて丸10年がたっている。32歳の時にまさかのおめでた。長女を20歳で生んでいるので、出産は13年ぶりということになる。さすがにそれだけ離れていると初産ほどでは無いものの、あれこれ心配はいっぱい。けれど20代の頃、自分自身の生き方や考え方に迷い、戸惑っていて、かなり疲れていた私はお腹に子供を授かったことで「もうがんばらなくていいんだ。」とほっとしていた。何にほっとしたのかというと、仕事での実績やきれいに着飾ること?今にして思えばなんでもない自分なりの価値観に縛られていた。そんな自分がいやで苦しくて自分探しをしていた20代後半。出会ったのは、「マクロビオティック」。料理法が面白くてハマッた。また、家族は主人が主で成り立っていて、父親と母親のあり方(家族としてはあたりまえのこと)が自分本位な私にはショックだった。

共働きをしているということもあり、お互いのお金や時間は束縛しない取り決めの夫婦。20代後半になると長女は小学校の高学年で手がかからない。それは自由で楽しい?

それが30歳目前になってくると「このままでいいのか?」自分の未熟さを知っている私は、母親、妻、仕事を通して自分を見つめてはかなりズレている自分を修正できず悩んでいた。マクロビオテックにハマり、生き方を見つめ直すと、自分が情けなくて苦しい。どう修正していいのか解らずいた。

幸いマクロビオティックのお弁当を作る仕事につくことが出来き、しばらく早起きの仕事続けた。マクロを始めて3年目(100%は出来ていないものの)、ボツボツ自分で生理が起こせるようになっていた。私は20代の頃、過激にダイエットをしていて、ほとんど主食をほとんど食べない生活が続き、冷え性、慢性便秘、生理不順、(年に数回しかない)自律神経もキワキワという感じだった。それが、自然食業界に入り、考え方が少し楽になり、手や足が温かくなり、体が少しずつ変わっていった。

もともとがそんなに子供好きでもないし、子供も1人いるし、あえてもっと家族がほしいなんて考えてはいなかったが、マクロビオテックを始めて3年目、まさかのおめでた。まさかと言うのは、30歳のときにわき腹が時々痛くて婦人科に行ったところ、「卵巣が萎縮しています。子供どころか、このままだと更年期が早く来ますよ。」と脅された。けれど更年期がどんなものか知らない無知な私はそのままほっておくことに・・・・。

食べ物を変え、生活が変わることで体は少しずつ変わっていった。そして32歳に赤ちゃんを授かることになるとは夢にも思っていないこと。かなり精神的に疲れていた私はお腹の赤ちゃんにかなり癒された。夫も本当にうれしかったようで山のようにお産の本を買ってきて、仕事から帰ってくると毎日お腹の赤ちゃんに話しかけていた。

毎日お散歩ほのぼの生活がつづく、ところが長女は中学生、食べ盛り、収入は半分。そこで作り始まったのがパン。初めはドライイーストと国産小麦で焼き始めた。毎日暇なものだから、毎日毎日パンを焼く。当然上達していくが、もともと自然食思考だから、「イーストではなくイーストも自分で作る天然酵母でパンが焼けたらいいなぁ。」と考えた。それが今のパオの始まりでした。

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# by paomama | 2006-09-03 17:39 | 天然酵母パン