パオのパン生活

paomama.exblog.jp
ブログトップ

<   2006年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧


2006年 09月 28日

伊勢丹が終わって・・・

は~!伊勢丹松戸店の催事が終わって1週間が過ぎた。
毎日いろんなことがあって感動!感動!そしてヘロヘロだった。初日の13日は思いの他お客様が来てくれて、スタッフも一生懸命で涙が出そうな感動を味わいながら、ブログに書かなきゃ・・と思いつつ睡眠時間2時間はキツくご飯も食べずに寝ていた。

パオのパンは全てが自家製の天然酵母を起こしてパン種を作り国産小麦100%でパンを焼きイーストもイーストフードも一切使わない為、発酵に大変時間がかかるので、パンにするまでにかかる時間が、一般の何倍もの時間がかかります。

ですから、今回の催事のように朝9時に伊勢丹に焼きたてのパンを並べるためには逆算して夕方の6時半から仕込み始めて夜9時から分割、成型が始まり、1時から続々と窯が始まる計算。製造スタッフはこの催事に合わせて一週間徹夜でパンを焼くことになる。

7年前伊勢丹本店の催事2週間連続を受けたことがあって、その時のお話で「発酵に時間がかかるので前日のパンでいいですから。」とお引き受けしたものの、実際初日前日のパンを並べたところ、全くパンに勢いを感じられず、「こりゃだめだ!」とすぐに徹夜の製造に変えて、でっかいカンパーニュをごろごろ焼き立てで出荷して、喜ばれた。
a0072505_2026159.jpg
夫は今回の伊勢丹松戸店のお話をお引き受けした段階で徹夜の製造の時間をくみたてていた。ただ、パオは小さな個人店。職人は夫一人。製造補助の女性スタッフ2名とパートさん数名、だからこそコンスタントな目の行き届いたパン作りが出来るものの、今回のように量産するとなると夫の製造の許容範囲を超える。

夫は時間をかけていいものを作ろうと考えた。仕込みや分割の時間に余裕を持った時間割を立てて、伊勢丹松戸店でパオのパンを買ってくださるお客様のことを考えて、「今回はあせらず楽しんで焼こうと思っているんだ。」そうは言うものの、仕込みの生地だけで20種類位になっていた。

量産することでパオのお店のメニューを絞らせてもらい、日替わりメニューが大幅に変更になりお客様には大変ご迷惑をおかけしました。それでも伊勢丹松戸店の広告の表紙に大きく載せてくれたことで、「がんばってね。」とお客様から声をかけられた。

今回この催事のために3人のヘルプが入ってくれて、それはがんばってくれた。a0072505_2026568.jpg

毎日「来たわよ~!」と新松戸のお客様が見に来てくれたり、広告を見て引っ越す前のパオのおなじみさん会いに来てくれたりと同窓会みたい。
伊勢丹のレジの社員さんが「私引っ越す前のお店に時々行っていたのよ。」とそっと言われ、「あーーーーー!」なんてことも。

二日目、目の前に立っていた女性。ニコニコしながら目が合う。「あーーーー!」と思い出すこと数分「覚えています~?」「た・か・こさん?」
「え~!よく覚えていますね。」「今何しているの?」
「今は違う仕事をしながら自宅でお料理教室をやっているんです。」
たかちゃんは当時20代後半、OLをしながらお料理教室に通い、パオで働きたいと週何回か手伝ってもらったことがあった。6~7年前のこと
「広告を見て来ました。」とうれしい限り。

伊勢丹松戸店でも毎日来てくれるお客様もいて「今日も来ちゃいました!」なんて、うれしい限り。

催事1週間のパオ
夕方6時夫がパオに入る。
足立区鹿浜から来る高橋君が6時半頃来る。
7時ミキサーが回りだす。
5時伊勢丹松戸店ではまどかやひらめちゃんと3人で夕方のラストスパート。
7時30分まどかとひらめちゃんに後始末をお願いして電車で新松戸に戻る。
8時ライ麦の分割補佐。
8時半自宅に戻り、子供の顔を見る。
9時伊勢丹から戻るスタッフとかたずける。
9時15分販売スタッフは帰る。
自宅に戻り夜食を作る。
9時50分グラハムパオ分割補佐。相変わらず自宅とお店を行ったり来たり、
自宅に戻る。洗濯その他
10時30分カンパーニュの分割補佐。11時になるとかなりしんどい!
「もう無理!おやすみなさい!」と戻る。
1時ちえちゃんが製造に入る。
3時過ぎに目覚ましをかけて、4時お茶を入れに入る。
6時ゆきちゃん出荷の準備に入る。
7時販売担当まどかちゃん、ひらめちゃんはいる。
7時20分出発!
みんなで「いってらっしゃ~い!」と日の丸の旗でも振りたい感じ。a0072505_2027249.jpg

お隣のお花屋さんの花新さんやお向かいの石川さんがにこにこして「がんばってね。」と声をかけてくれる。商店街ならでわのこと、ありがたい。
こんな楽しい7日間。あっという間。

終わってみれば、「伊勢丹で買っておいしかったから来ました。」とお店に毎日リピートしています。ハード系中心でやっていこう決めていたので、今後のパオのパンのあり方がより明確になった7日間でした。

本当ならお断りしていたはずの催事。説得してくれた伊勢丹松戸店食品の小川マネージャーには感謝の気持ちでいっぱいです。また今回のような機会を与えくださった伊勢丹松戸店の方々に感謝♡ありがとうございました。
今後変わることのないパン作り、接客販売を誓う10年目のパオでした。
[PR]

by paomama | 2006-09-28 16:43 | 天然酵母パン
2006年 09月 13日

これから始まる♪

a0072505_793415.jpg
今日から伊勢丹松戸店の催事が始まる。
13日から19日まで連日販売することになる。焼き立てを販売したいと考えて、夫は夜中にパンを焼くことにした。昨日の7時から準備し始めた。パオのパンは全部自家製酵母と国産小麦でパンを焼いているので、発酵に時間がかかるので量産してコンスタントなパンに仕上げるにはそんな時間配分になってしまう。

幸い今回は夜中の製造に足立区鹿浜で天然酵母のパン屋さん「ルミレール」のた高橋君が手伝いに来てくれて、伊勢丹の販売に数ヶ月前にパオで実習生として来ていたまどかちゃんや自然食イベントのボランティアをしているひらめちゃんがそろった。土曜日には今年前半の土曜日にお手伝いにきていたおー君も来る。なんかちょっと楽しい♡

ハード系メインでゴロゴロとしたパンをどーんと持っていく。外はあいにくの雨、どうなることやらちょっと心配。

今回はパオのお店で最近大人気の焼き菓子をそろえた。卵が全く入らず低糖タイプで素材の味を生かしてていることでよく売れていてリピーターも多い。その上今回は卵不使用の国産小麦100%スコーンも登場しているので売り場は華やか♪

夕べは私も2時間睡眠。スタッフも遅くまで準備「なんか文化祭の準備みたいだね。」と楽しそう。さあ、これからちか(5歳)を起こして保育園に送ってからみんなで伊勢丹松戸店に出発!
[PR]

by paomama | 2006-09-13 07:10 | 天然酵母パン
2006年 09月 07日

原点に戻る

伊勢丹の仕事を前に考える。

かつて天然酵母のパンを焼き始めてから夫がハマリ、パンを焼く設備が必要と、清水の舞台から飛び降りる気持ちで借金をして以前のパオを作った。当時は天然酵母を起こしてパンを焼く人間も少なく、新聞や雑誌でも取り上げられた。ただこの松戸で自家製酵母のハード系が受け入れられるとは思ってもいない時、生協や自然食宅配から大口の卸しの話を頂戴した。

手元に資金は全く無いが「ぜひ卸してほしい。」とパンを評価され、引き受けた。手元に資金は無いが「パンを焼きたい。」という想いのほうが強かった。私達のパンを応援してくれている人や実家の親に借金をして頭金を作り、金融公庫に借金をして丸ごと借金でパオを立ち上げた。

最盛期は毎日120キロの粉をパンにする。素人同然の私達。パンを焼き始めてまだ2年目のこと。朝一時半から仕事をし、毎日大量のパンを焼く。毎日追われていて、良いも悪いも無い生活が続く。ただ、卸しの仕事は1年1ヶ月で終了することになる。それは私達が考えている「パン」は卸しでは表現できないと思ったから。利益は充分あったので先方には驚かれた。

一般のパンみたいに何日も柔らかくないし、カビる。パンの切り方保存の仕方でも味が違うことで、卸しという仕事でのパンに限界を感じた。まとまった取引をしていたので、店売り一本というのは結構怖い。けれど私達が作り出すパンは自分達でないと、お客様にきちんと伝えられないだろうと考えたのだ。

ちょうどそんな時、伊勢丹本店のパンプロモーションの話を頂くことに、新宿の本店でパオのパンがどこまで通用するのかも見てみたかった。期間は2週間、時期も同じ今頃。しかも2週間。今から7年前のこと。

結果は上々。結構評判がよく、思いのほかライ麦やハード系が売れたことに驚いた。
そして今年パオは10年目、丸10年を前にして再び伊勢丹のお仕事。
全てのパンが自家製酵母と国産小麦でパンを焼いているので当然発酵は一般のパンより数倍かかる。今回の仕事のために夫は1週間徹夜でパンを焼き、朝出荷する。

夫も私もスタッフも久々に緊張している。
けれど、今回は製造に1人販売に2人ヘルプが入る。スタッフもいつもよりも早い出勤になる。準備が着々と進む。

私達が始めて「ノヴァ」のパンに出会ったような感動を伊勢丹のお客様に伝えられることを願って、パンが焼けなかった始まりの自分達に戻る想いでいっぱい。

a0072505_16295521.jpg

[PR]

by paomama | 2006-09-07 15:45 | 天然酵母パン
2006年 09月 03日

食べ物で体が変わる。

 気がつけば、パンを始めて丸10年がたっている。32歳の時にまさかのおめでた。長女を20歳で生んでいるので、出産は13年ぶりということになる。さすがにそれだけ離れていると初産ほどでは無いものの、あれこれ心配はいっぱい。けれど20代の頃、自分自身の生き方や考え方に迷い、戸惑っていて、かなり疲れていた私はお腹に子供を授かったことで「もうがんばらなくていいんだ。」とほっとしていた。何にほっとしたのかというと、仕事での実績やきれいに着飾ること?今にして思えばなんでもない自分なりの価値観に縛られていた。そんな自分がいやで苦しくて自分探しをしていた20代後半。出会ったのは、「マクロビオティック」。料理法が面白くてハマッた。また、家族は主人が主で成り立っていて、父親と母親のあり方(家族としてはあたりまえのこと)が自分本位な私にはショックだった。

共働きをしているということもあり、お互いのお金や時間は束縛しない取り決めの夫婦。20代後半になると長女は小学校の高学年で手がかからない。それは自由で楽しい?

それが30歳目前になってくると「このままでいいのか?」自分の未熟さを知っている私は、母親、妻、仕事を通して自分を見つめてはかなりズレている自分を修正できず悩んでいた。マクロビオテックにハマり、生き方を見つめ直すと、自分が情けなくて苦しい。どう修正していいのか解らずいた。

幸いマクロビオティックのお弁当を作る仕事につくことが出来き、しばらく早起きの仕事続けた。マクロを始めて3年目(100%は出来ていないものの)、ボツボツ自分で生理が起こせるようになっていた。私は20代の頃、過激にダイエットをしていて、ほとんど主食をほとんど食べない生活が続き、冷え性、慢性便秘、生理不順、(年に数回しかない)自律神経もキワキワという感じだった。それが、自然食業界に入り、考え方が少し楽になり、手や足が温かくなり、体が少しずつ変わっていった。

もともとがそんなに子供好きでもないし、子供も1人いるし、あえてもっと家族がほしいなんて考えてはいなかったが、マクロビオテックを始めて3年目、まさかのおめでた。まさかと言うのは、30歳のときにわき腹が時々痛くて婦人科に行ったところ、「卵巣が萎縮しています。子供どころか、このままだと更年期が早く来ますよ。」と脅された。けれど更年期がどんなものか知らない無知な私はそのままほっておくことに・・・・。

食べ物を変え、生活が変わることで体は少しずつ変わっていった。そして32歳に赤ちゃんを授かることになるとは夢にも思っていないこと。かなり精神的に疲れていた私はお腹の赤ちゃんにかなり癒された。夫も本当にうれしかったようで山のようにお産の本を買ってきて、仕事から帰ってくると毎日お腹の赤ちゃんに話しかけていた。

毎日お散歩ほのぼの生活がつづく、ところが長女は中学生、食べ盛り、収入は半分。そこで作り始まったのがパン。初めはドライイーストと国産小麦で焼き始めた。毎日暇なものだから、毎日毎日パンを焼く。当然上達していくが、もともと自然食思考だから、「イーストではなくイーストも自分で作る天然酵母でパンが焼けたらいいなぁ。」と考えた。それが今のパオの始まりでした。

a0072505_7494566.jpg

[PR]

by paomama | 2006-09-03 17:39 | 天然酵母パン